CO2分離・回収に利用できるガス吸収液の実用化に向けた研究が高く評価される
9月11日(月)から13日(水)に、福岡大学七隈キャンパスで行われた化学工学会第54回秋季大会(公益社団法人化学工学会主催)において、生命応用化学専攻博士後期課程1年の鈴木祐輝さんと相内佑斗さんが学生優秀講演賞優秀賞を受賞しました。化学工学会には14の部会があり、二人は基礎物性部会セッションの中で、優れた研究発表であると評価され学生優秀講演賞優秀賞に選ばれました。二人が所属する環境化学工学研究室(児玉大輔准教授)は、地球温暖化対策技術として近年注目されているCO2分離・回収に利用できるガス吸収液の実用化を目指しています。
二人の喜びの声とともに、研究について詳しくお話を聞きました。
ガスの分離からCO2の吸収・再生までのプロセスをシミュレーションで再現することで、実用化への可能性が見えてきました
『イミダゾリウム系及びアンモニウム系プロトン性イオン液体のCO2/CH4分離プロセス設計』
鈴木祐輝さん(生命応用化学専攻博士後期課程1年・環境化学工学研究室)
これまで、天然ガスの井戸元から採掘したガスに多く含まれるCO2を除去する方法として、CO2をはじめとする酸性ガスの溶解度が大きいイオン液体に着目し、よりCO2を選択的に吸収できるイオン液体を見つける研究に取り組んできました。イオン液体は、カチオン(陽イオン)とアニオン(陰イオン)のみから構成される室温溶融塩であり、従来の物理吸収液であるSelexol(セレクソール)に比べて、CO2/CH4選択性に優れ、選択的にCO2を分離回収できる優れた溶媒として期待されています。その中でも、特にプロトン性アミジウム系イオン液体のCO2/CH4選択性がSelexolよりも優れていることをこれまでの研究で明らかにしました。イオン液体をCO2吸収液として実用化させるために、本研究ではこれまでCO2やCH4の溶解度、CO2/CH4選択性について検討した6種類のイオン液体の測定結果を基に、CO2の回収から・吸収液の再生までの一連の流れをプロセスシミュレーターPRO/Ⅱで検討し、その有効性を評価しました。また、イオン液体同士も比較し、構造の違いによる効果についても分析しました。シミュレーションの検討条件として、吸収塔の温度を313.15 K、圧力を6000 kPa、Feedガス中のCH4を80%、CO2を20%とし、CO2回収率を90%に固定して検討しました。
本研究結果における着目点は、「循環量」「CH4ガスのロス率」「プロセスが稼働した際のエネルギー消費量」です。イオン液体の循環量は、モル基準において一部のイオン液体がSelexolよりも小さくなり、優位性を見出せました。しかし、重量基準で比較すると、イオン液体の分子量が大きいことが要因となり、Selexolより劣ることがわかりました。一方で、循環量とエネルギー消費量の間に相関性があることを見出し、Selexolと比較してイオン液体のCH4ロス率やエネルギー消費量は優れていることがわかりました。検討したイオン液体の中で、着目した点について全て優れているイオン液体はなかったものの、どんな構造のイオン液体であれば実用化できる可能性があるのか目星がつきました。
本研究ではCO2とCH4のみを検討しましたが、今後はエタンやプロパン、エチレンについても測定し、実際の天然ガスの井戸元から得られる状況を想定してシミュレーションを行っていきたいと考えています。また、CO2を回収するだけでなく、CO2を利用可能な製品に変換するまでの一連のプロセスを評価できる新たな評価手法の開発も大きな目標としています。
研究室に配属されてから、化学工学会秋季大会で賞をとることを一つの目標として掲げてきました。その目標を達成できて非常に嬉しく思います。今回の発表では、初めてプロセスシミュレーションによる検討結果について発表する機会であり、発表練習だけでなく、スライドのプレゼンテーションや質疑応答にも力を入れ、本番に臨みました。緊張からスライド操作を誤る場面もありましたが、総じて順調に発表できたと思います。質疑応答では想定外の質問もありましたが、これまでの経験を活かして上手く対処できたと考えています。イオン液体の有効性については、これまでの実験結果から高く評価されています。プロセスシミュレーションの結果では、Selexolよりも優れた点も見出され、実用化に向けての期待も高まっているようです。
今年5月に参加したスペインでの国際会議では、実験とシミュレーションの両方の結果を発表する計画を立て、昨年の11月からこの研究に着手しました。シミュレーションは、初めての試みであり、学びながら進める中で共同研究者からの指導も受け、なんとか成果を出すことができました。これは、自らのスキルアップにも繋がり、今後の研究に対するモチベーションを高める要因となりました。
将来については、これまでの物性評価の研究で培ったノウハウを活かし、プラントの生産システムやプロセスを提案する仕事に就きたいと考えています。
精度の高い実験、独自に開発した正確な密度相関式、それによる理論的な解析を可能にした独創的な研究です
『第四級塩とエチレングリコールからなる深共融溶媒とCO2のpvTx関係』
相内佑斗さん(生命応用化学専攻博士後期課程1年・環境化学工学研究室)
カーボンニュートラル実現に向け、CO2をはじめとする温室効果ガスを回収し、地中に貯蔵する二酸化炭素回収・貯留技術(CCS)の推進が重要になっています。現在、物理吸収法により高圧のCO2が回収されていますが、吸収液(RectisolやSelexol)の冷却に膨大なエネルギーが必要とされており、これが課題となっています。そこで蒸気圧が低く、室温以上でも揮発損失しない深共融溶媒(DES: Deep Eutectic Solvent)に焦点を当てました。深共融溶媒は、水素結合受容体(HBA: hydrogen bond acceptor)と水素結合供与体(HBD: hydrogen bond donor)の共融点組成混合物であり、HBAとHBDの混合により融点が下がり、室温で液体状態となります。イオン液体と類似する性質を持ちつつ、低コストがメリットです。以前に測定した塩化コリンとエチレングリコールからなる深共融溶媒のCO2溶解度は、既存の吸収液よりも小さくなりました。本研究では、CO2溶解度の向上を目指し、前回HBAに選択した塩化コリンを、TBAB (テトラブチルアンモニウムブロマイド)またはTBPB(テトラブチルホスホニウムブロマイド)に変更し、実験を行いました。HBAにTBABまたはTBPBを選択した深共融溶媒のCO2溶解度は、ほぼ同等である一方で、前回の塩化コリンと比較するとほぼ2倍に向上しました。
また、本研究ではCO2共存下における深共融溶媒の密度を測定し、従来の三次型状態方程式では高精度に計算が難しいため、新たに開発した密度相関式を使用して計算しました。CO2と深共融溶媒の液相密度と開発した密度相関式は高い相関性があり、その有効性もが示されました。この密度相関式を用いることで、高精度な圧力-密度-温度-CO2組成の実験値の関数化が可能となり、部分モル体積を含む熱力学的な物性計算が可能になりました。
本研究では、新たに開発した密度相関式を用いて部分モル体積を決定しました。気体成分と液体成分からなる溶液の部分モル体積を決定するのは簡単ではないため、本手法は正確で価値のあるものと考えています。9月には投稿した論文が採用され、アメリカの学会誌『Journal of Chemical & Engineering Data』に掲載されました。Yuto Ainai, Ayaka Taniguchi, Chiaki Yokoyama, and Daisuke Kodama, J. Chem. Eng. Data, 2023, 68, 9, 2283-2295. (https://doi/10.1021/acs.jced.3c00222)
今回のような全国大会での口頭発表は初めてでしたので、研究内容をいかに分かりやすく伝えるかに注力しました。受賞はもちろんのこと、質疑応答の際に多くの質問をいただき、有意義な議論ができたことが自分にとっては大きな収穫でした。深共融溶媒のCO2溶解度の向上の目標が評価され、それが受賞につながったと考えています。また、正確な測定データに加えて高精度な密度相関式を開発したことで、熱力学的な解析が可能となりました。この密度相関式は、従来の三次型状態方程式と比較して、正確な密度から得られる体積データを基に熱力学な解析が可能という点で画期的だったと言えます。質疑応答では、計算式に焦点を当てた質問をいただいたことが嬉しかったです。また、CO2+深共融溶媒系の部分モル体積に関する質問も受け、それが世界で当研究室のみが行っている高圧での密度や部分モル体積の測定技術の特異性を示すものとなりました。加藤昌弘先生(日本大学工学部元教授)が開発した日本大学工学部オリジナルの実験方法と、児玉大輔准教授が積み上げてきた高圧気液平衡の測定技術を基にして、独自の密度相関式を用いて他ではできない解析を進めています。この研究の成果により、高精度な実験、開発した密度相関式、そしてそれを用いた理論的な解析、これら3つが重要なポイントになっています。
深共融溶媒を用いたCO2分離回収プロセスは、まだ実用化には至っていません。今後は、よりCO2溶解度の高い深共融溶媒の開発に焦点を当て、進化させていく予定です。
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