パナソニックは、フォトン(photon、光子)ではなく、フォノン(phonon、音子)の応用となる「フォノニック結晶構造」をシリコンウエハー上で量産するための作成方法を開発した。このフォノニック結晶構造は、遠赤外線センサーの感度を約10倍向上できるという画期的な技術である。
パナソニックは2021年4月16日、一般的なSi(シリコン)の断熱性能を示す物性値限界を大きく上回ることができる「フォノニック結晶構造」をSiウエハー上に量産適用可能な作製方法で形成し、デバイス性能を飛躍的に向上させる技術を開発したと発表した。遠赤外線センサーの受光部に適用した場合、受光部からの熱の漏れを約10分の1に抑制し、従来のSiベースの遠赤外線センサーに比べて約10倍の感度向上が可能になるという画期的な技術である。
このフォノニック結晶構造は、動作原理としてフォトン(photon、光子)ではなくフォノン(phonon、音子)に基づいている。数百nm周期のナノ構造により光であるフォトンを制御する「フォトニック結晶」とは異なり、フォノニック結晶構造は物質中の熱伝導を担う媒体の一つであるフォノンを制御するための超微細ナノ周期構造であり、結晶周期は数十nmとフォトニック結晶よりも一桁高いレベルの微細化が求められる。
この構造を実現できれば、結晶中で熱を伝搬する原子振動に対して干渉と散乱を起こし、熱の伝搬を阻害して従来よりも高いレベルの断熱を実現できるようになる。パナソニック テクノロジー本部 マテリアル応用技術センター 2部 1課の藤金正樹氏は「近年は、新時代の熱制御技術としてフォノニック結晶に関する研究が活発になっている」と語る。
ただし、フォノニック結晶構造を実用化していく上での課題もある。その一つが製造技術だ。量産可能な微細加工プロセスとして広く知られている半導体製造プロセスでは、数百nm周期の結晶構造となるフォトニック結晶には適用できるものの、数十nm周期というフォノニック結晶構造を実現するのは難しいのが現状だ。
半導体製造プロセスと異なる「自己組織化ナノプロセス技術」で実現
今回パナソニックが開発したフォノニック結晶構造は、一般的な半導体製造プロセスとは異なる「自己組織化ナノプロセス技術」によって実現した。
まず、最終的な加工対象となるSiウエハー上に、SOC(Spin-on Carbon)膜とSOG(Spin-on Glass)膜を塗布したものを用意する。そしてこの上に、PMMA(ポリメタクリル酸メチル)とPS(ポリスチレン)を一定の割合で混合した溶液を塗布しベークすると、数十nm周期の網の目のようになったPMMAの中に、PSがシリンダーのように入ったブロック共重合体が出来上がる。「PMMAとPSはそれぞれ親水性と疎水性を有しており完全には混じり合わない。分子長を適切に調整することでこのような自己組織化が可能になる」(藤金氏)という。
自己組織化したPMMAとPSのブロック共重合体層は、逐次浸透合成(SIS:Sequential Infiltration Synthesis)という手法を用いて、PMMAによる網の目の構造を酸化アルミニウム(AlOx)に置換することができる。この酸化アルミニウムの構造をドライエッチングでSOG層に転写し、続けてSOC層にもエッチングを施すことで、最終的に目的とするSiウエハー上に数十nm周期の網の目をエッチングで転写できる。
シカゴ大学との共同研究により、網の目構造の穴となるシリンダー構造の直径は約26nm、シリンダーの整列周期は約38nmを実現できた。
半導体製造プロセスでは、Siウエハーへの微細パターンの転写をリソグラフィや電子ビーム描画、ナノインプリントなどで行っている。藤金氏は「数十nm周期というレベルの微細な周期構造の転写をこれらの手法で行うのは、技術的な難易度が高いだけでなく、コスト面でもみても厳しいものがある。今回開発した自己組織化ナノプロセス技術は、ブロック共重合体の自己組織化と逐次浸透合成の組み合わせで実現しており、十分に実用化に耐え得るものだ」と強調する。
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