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Monday, March 16, 2020

ノーベル賞有力!新素材や創薬につながる「自己集合」の新しい世界|ニュースイッチ by 日刊工業新聞社 - ニュースイッチ Newswitch

「この研究は何の役に立つの?」と聞いてきた人たちに「どやっ!」と言ってやりたい―。東京大学の藤田誠卓越教授は、1990年に分子が自発的に形を作る現象「自己集合」を利用した画期的な分子の合成方法を発表した。だが、基礎研究の成果に理解を示す人ばかりではなかった。それから30年。研究成果は創薬や分析など多くの分野に応用され、今ではノーベル賞の有力候補の1人として注目を集める。

【正方形の有機金属分子】

藤田氏の研究成果の「原点」とも言えるのが、90年に発表した「自己集合による正方形の有機金属分子の合成」だ。自然界には自己集合という現象がある。雪の結晶や生命の設計図となるデオキシリボ核酸(DNA)の二重らせん構造などに見られる。

藤田氏らは自己集合を化学合成に応用し、合成が困難だった「正方形型の分子」を作ることに世界で初めて成功した。しかも、有機分子と金属イオンを混ぜるだけで合成ができるという簡単な手法だ。

有機分子と金属イオンが「ほどよく弱い」配位結合でつながっていることを利用して合成する。結合が強すぎても弱すぎてもうまくいかない。分子同士が付いたり離れたりを繰り返すうちに、自然と安定な形に落ち着き、正方形型分子を収率(原料から生成物ができる割合)100%で合成できた。「モノづくりの新しい仕組みを感じて面白いと思ったし、良い新たな反応系を見つけられた」と振り返る。

【配位子で巨大中空球状分子】

この技術を応用し、二つの新たな研究成果を藤田氏は生み出す。その一つが04年に発表した「巨大中空球状分子の合成」だ。金属イオンと、わずかに曲がっていて金属イオンと弱く結合する分子「配位子」を混ぜることで巨大分子を作れる。

配位子の折れ曲がりの角度によって結合する金属イオンの数と配位子の数を制御でき、分子の形や大きさをデザインできる。さらに、サッカーボールのような歪んだ特殊な多面体骨格を持つ「拡張ゴールドバーグ多面体」も合成できた。

数学界でもほぼ研究されなかった分野で、従来の理論を拡張して構造の正確さや歪みを計算。60個の有機分子と30個の金属イオンから複雑な32面体を作製した。分子の大きさは1ナノメートル(ナノは10億分の1)以下だが、研究初期に合成できた巨大分子は5ナノメートルだった。

「自然の仕組みに感動した。学会で10ナノメートルくらいの大きさの分子を作りたいと話したら『無理だろう』と多くの人に鼻で笑われた。だが、今はその大きさをあっさりと超えることができている」。研究を続けることに夢が持てたと話す。この研究成果は、たんぱく質の超分子構造やウイルスの骨格構造などといった巨大分子構造の設計指針に役立つ。

【有機化合物の結晶構造解析】

もう一つの主な研究成果が、13年に発表した「結晶スポンジ法による有機化合物の結晶構造解析の確立」。分子の自己集合をさらに応用して、どんな分子でも構造を解析できる「結晶スポンジ法」を開発した。微量なたんぱく質や創薬分子の試料を結晶化せずにX線で構造を調べられる。

自己集合でできた立体構造は真ん中が空洞になっている。藤田氏らは、中の空間に小さな分子を封じ込められる「分子カプセル」に注目。分子カプセルをたくさん並べると、直径約0・5ナノ―1ナノメートルの穴が無数に開いた「結晶スポンジ」という材料ができる。

80ナノ―5000ナノグラムの微量な試料を染みこませ、穴の中に分子を入れる。すると、結晶を作ったかのように規則正しく分子が並ぶ。そこにX線を当てることで構造を解析できる。

これまでに、さまざまな企業や研究機関などとの共同研究や依頼分析を通して、結晶化が困難であった100以上の新規分子の構造を決定した。その中には直接創薬や素材の開発につながる分子もあったという。「モノの見方を変えることが重要だと感じた。単純なことほど見えない」と研究の難しさをあらためて感じたという。


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◆インタビュー/藤田誠氏 基礎研究の大切さ伝える・異分野知識の活用が重要

藤田卓越教授に研究の醍醐味(だいごみ)や日本の科学技術の今後などについて聞いた。(聞き手・飯田真美子)

―研究がうまくいった時、いつもどう感じていましたか。

「『世界で研究結果を知っているのは僕らだけだ』と、みんなで分かち合え、喜びを感じる。だが、その成果を一番初めに知るのは、実験をしている学生たちの場合が多い。きっと誰よりも学生たちが、世界初の研究成果に最初にドキドキするのだろう」

―一方で必ずしも期待した研究成果が出るとは限りません。

「研究がうまくいかない原因は『技術が追いつかない』か『発想が追いつかない』のどちらか。前者の場合は世界中の研究者が課題に向かって全力で立ち向かえる。それによって前に進める。一方、後者の場合、アイデアが浮かばないと研究は進展せず、誰も何もできない。何もないものを発想によって生み出すことは難しい。逆に言うと、だから研究は楽しい」

―日本の科学技術の現状をどう見ていますか。

「『科学技術』は新しい『科学』が生まれるからこそ、新しい『技術』が生まれる。近年、基礎研究をないがしろにする傾向にあると感じる。研究を知らない人は、やっても意味がないと思うのだろう。人工知能(AI)やエネルギー、量子コンピューターなど目立つ分野にしか目が届かず、自分が分かるところしか見ない。だが、いま注目されている分野も、半世紀前からの基礎研究の積み重ねがあったからこその応用だ」

「木の根っこの部分に基礎研究があり、成長と共に応用研究に枝分かれしていくイメージだ。日本は科学の応用という流行に流されているのだろう。オリジナルの研究をすることが大切だ。自己集合という現象を見つけたときに、周囲から『何の役に立つのか?』と聞かれた。その人たちに、現在の研究成果を見せつけて『どやっ!』と言ってやりたい。基礎研究の大切さを、自分の研究成果を見せることで伝えていきたい」

―若手研究者に向けてアドバイスをお願いします。

「最近は短期間で研究成果を求められることが多い。だが研究したいテーマが決まるのが40歳くらいになっても遅くはない。流行に流されず、誰にも見つけられない、人と違う『ナンバーワンよりオンリーワン』のテーマを見つけてほしい」

「科学の世界は音楽の世界と同じ。若いうちはヒット曲を出したいと流行に乗る人が多い。だが、ヒット曲が出ても次々と曲が売れないと世間から忘れ去られてしまう。一方、ある程度音楽を続けている人は、その人の音楽として認められるような『名曲』に出会える。若手研究者には、科学の『名曲』を作れる人になってほしい。広い視野を持つためにも、異なる分野で培ってきた知識を新たな場所で生かすことが重要だ」

【略歴】ふじた・まこと 82年(昭57)千葉大院工学研究科修士修了、同年相模中央化学研究所研究員。87年東工大院博士号取得。88年千葉大助手、94年助教授。99年名大院教授。02年東大院教授。18年分子科研卓越教授、千葉大特別栄誉教授。19年より現職。13年日本化学会賞、米国化学会賞。14年紫綬褒章。18年ウルフ賞化学部門。19年日本学士院賞、恩賜賞。東京都出身、62歳。工学博士。

日刊工業新聞2020年3月12日

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